『悔恨の果てに』4

2020.5.10更新『悔恨の果てに』Ⅳ 〈【第十章】【第十一章】〉松下真美






 【第十章】  十年ぶりの兄妹

 



 ミリーが、アルデーヌとともに別荘近くの野原に着いたのは夕暮れだった。


「この辺りから、中に行ける道があるの……」

 ミリーが入口へ案内するとき、アルデーヌはずっと遠くにある別荘を見つめていた。

 実は、別荘が目に入った途端、アルデーヌは体をこわばらせた。

「どうしたの? アルデーヌ」

 気づいたミリーが声を掛ける。

「ミリー、ごめんね。あの建物を見ていると……。怖いの。あそこで怖い目に……。よく覚えてないんだけど……」

 ミリーは、アルデーヌが怖い目に合っていることを、アルダークが聞いている。

(たしか、アルダークさまの目の前で、連れ去られたって……。記憶の片隅に残っているのね。十年も前のことなのに)

 ミリーの表情に気づいたアルデーヌは、笑顔を見せていった。

「ミリー、そんな顔しないで。大丈夫よ。もうすぐお兄さんに会えるんだもの」

 ミリーは、アルデーヌの明るさを嬉しく思う。

(繊細なだけの美少女ってわけではない。明るくって、前向きに生きる強さも持ってる。あのおばさんに育てられただけのことあるわ。同い年なのに、しっかりしてる……)

 ミリーは、アルデーヌがアルダークの心の闇を溶かしてくれるのでは……と、祈らずにはいられなかった。


 通路の入口を見つけ、そのドアを開けたミリーは、

「さ、行こうか。お兄さんのもとに……」

 と、声を掛けた。




 一方、別荘にいるアルダークは、窓辺のカーテンを開けて外を見ていた。

(夕方か……。そろそろミリーがかえってくる。……アルデーヌは……くるだろうか」

 彼は、期待と不安の思いでときを過ごしていた。


 そのとき、ミリーと聞きなれない少女の声が聞こえてきた。  

(まさか! 本当に?)

 アルダークはじっとしていられず、部屋の入口へと急いだ。

 ドアを開けようと駆け出そうとしたところで、バランスを失い倒れてしまった。

(足が、いうことをきかない。こんな時に……)

 そのとき、ノックの音がした。

「アルダーク様、ただいま戻りまし……。きゃっ、どうしたの、いったい!」

「ミリー、迎えに行こうと思って……。でも、窓辺にずっと立っていたから、足が動かなくて……」

 そう言いながら顔を上げると、開け放たれたドアの向こうに立つ少女の姿を認めた。

「アルデーヌ……?」

「お兄さん……? 本当に……?」

「ああ。アルデーヌ……。アルデーヌ……。大きくなったな」

「お兄さん……。本当に、本当なのね」

「ああ、見違えたよ。アルデーヌ……」

「お兄さん、あえて良かった……」

 アルデーヌは、アルダークの目の前に座った。

 涙で潤んだ瞳は、限りなく澄んだ青い湖水そのものだった。

「ミリーから聞いてた。お兄さん、足が弱ってるって。……大丈夫? 立てる?」

 アルデーヌが、心配そうに顔を覗く。

「ああ。……しばらくすれば歩けるから……」

 状態を起こしたアルダークに、アルデーヌが抱き着いた。


「お兄さん、お兄さん。会いたかった。会いたかったのよ」

 ついに涙が止まらなくなった。

 アルダークもアルデーヌを抱きしめた。

「僕も会いたかった。もう会えないとあきらめて……。でも諦めきれなくて。……アルデーヌ、僕の大切な妹……。元気で良かった」

 そして、アルダークは、ミリーに笑顔を向ける。

「ありがとう。ミリー。本当に」

「アルダーク様。今回は神様が手助けしてくださったから見つけられたの。そうでなかったら、きっとまだ……」

「でも、現実ではミリーが探しに行ってくれたからだ。僕の願いを聞いてくれたのはミリーだ。感謝してる」

「わたしは、アルダーク様が喜んでくれるのが、一番うれしいわ」


 その場を移動できたのは、アルダークが動けるようになってからだった。

 二人がテーブルの椅子に座ったのを確認した後、ミリーは言った。

「わたし、夕食の準備をしてくるから、ゆっくり話を楽しんでくださいね」

 そして台所へと、降りていった。

 アルデーヌが口を開いた。


「ミリーって優しいのね。初めて会ったときからそう思っていたの。だから、『友達になりたい』って言ってくれたとき、すぐに返事して、仲良くなることができたの。嬉しかった、すごく……。それにお兄さんにも会わせてくれて、感謝してもしきれないくらい」


「ミリーは、小さなときからそうだったよ。いつまでも、優しくて明るい。……心に光を灯してくれた僕の天使だ」

「ねえ、もしかして、ミリーってお兄さんの恋人なの?」

「えっ! 恋人って? 物語や小説では出てくるけど、どういう意味? 正しい意味を知らないんだ。ずっと人とかかわっていないし」

「え、そうね、恋しくて会いたい相手。うーん。『あなたを愛しています』って言える相手……? うまく言えないけど、好きで好きで、大好きな相手のことよ。親や兄弟なんかとは違う『好き』って気持ち」

「アルデーヌが言う通りなら、ミリーのことを恋人って言える。……実は、一昨日、例の通路が見つかったとき、ミリーが愛しくて抱きしめたよ」

「わあ、やっぱりそうなのね。じゃ、ミリーが敬語を使わないのって、そのためなの?」

「再会したときは敬語だった。でも、他人行儀みたいで、敬語をやめるように頼んだ」

「お兄さんったら」

「ところでアルデーヌ。今まで、どんな暮らしをしていたのか、話してくれないか」

「普通の生活だったわ。おばさんがいろいろ教えてくれたの。口が悪くて厳しいけど、とっても優しいところもあって……。家事一般はできるし、文字の読み書きもできる。今はすごく感謝してる」

「本来なら、家事なんかしなくてもいいのに。水仕事はつらかっただろう」

「たしかに冬は寒かったけど、辛いって言っても冬だし、仕方ないって思ってたから」

「でも、本来なら、屋敷で裕福に……なんの不自由もなく暮らしているはずなのに……」

「お兄さん。でもわたし、幸せだった。おばさんが引き取って育ててくれたから、悪いときは叱ってくれて、良くできたときは褒めてくれた。なんの不自由もなく何の苦労もなく暮らせたらいいのかもしれないけど……」

「アルデーヌ?」

「わたし、思うの。本当の幸せって、人それぞれだと思うの。少なくともわたしは幸せだった。パン屋のおばさんやお客さんや、沢山の人たちから可愛がられてきたから。わたしには感謝しかないし、むしろ貴族のお嬢様なんて、全然ピンと来ない」

「……もしかしたら、きみはぼくより大人なのかもしれないな。僕よりも、精神的には年上みたいだな」


「お兄さん」


「そうだな。確かに幸せって、人それぞれかもしれないな。でも、アルデーヌが自分自身のことを幸せだって思えることは、ぼくもとっても嬉しいよ。辛い目に合っているんじゃないかと思っていたから。おばさん? には、感謝しないといけないな」

「お兄さん……」

「ところで、何日くらい滞在することができる? 何日、休みを貰ったの?」

「じつは、おばさん、わたしに十年分の給料って、大金をくれたの。そのあと『クビだよ』って言われて……」

「ずっと……」

「え?」

「ずっと、一緒に居られるんだね、アルデーヌ。ここに……」

「うん。ずっと……。あっ、でも、お兄さんとミリーの邪魔にならないかしら?」

「い、いや、そんなことは……」

 妹に核心を突かれて、アルダークは赤面した。

「お兄さん、わたしのことばかり話したけど、ミリーの居なかった空白の七年間に、何があったの? 心が闇に染まったって……どうして?」

「いっぺんに聞かれても……。そんなに一度に答えられないから。順を追って話そう。空白の七年間のことを……」

「うん」

「ひとことで言うと『苦しくてつらい七年間』だった。重くのしかかる静寂。外からしか掛からない鍵に邪魔され、自分の部屋と室内から通じる隣の書斎に閉じ込められていた。気の遠くなるような静寂な中、狂いそうだった。いつごろからか、呼吸困難を起こすようになった。唯一の救いは、書斎だった。僕を閉じ込めた張本人も、部屋の中から隣へ行けるのを知らなかったと思う。家政婦も知らないふりをしていた」


 事実、ロザーヌは書斎と中でつながっていることを知らなかった。

 知っていたら、アルダークを別の部屋に閉じ込めるだろうし、自分の家とはいえ、全部の部屋を見ているわけではないし、別荘は国中にあるので、本宅から近くても数年に一度くらいの頻度でしか訪れていなかった。

 アルダークは、話を進めた。

「次第に足の力が弱くなって行った。そのうちに、心が麻痺してきた。楽しい思い出をすべて、何重にも鍵を掛けて心を閉ざし、暗い思いに心が染まっていく感覚を味わった。でも、周りに人はいなかったし、まあ、家政婦は居たけど、まったく話をしなかった人だったから除外するけど……。とにかく、恨み、憎しみ、悲しみ、苦しみ、すべての負の感情が心を支配してしまい、もはやどうすることも出来ない……。その思いは重くて……。どんどん下に沈んでいく感じがして、堕ちるところまで堕ちたように思う。ここに閉じ込めたあいつを、憎んで憎んで……。その思いで今まで生きてきた」

「……」

 アルデーヌは、何を言ってもいいのか分からなかった。

 どんな言葉を掛けても、気休めにしかならない……そう思った。

 しかし、兄の話を聞くうちに涙が止まらなくなってしまった。


「アルデーヌ。泣かなくていいから」

「だって、だって、わたしが普通に暮らしていたころ、お兄さんがそんな目に遭っていたなんて……。本当に、なんて言ったらいいのか分からない。気休めになってしまいそうで……。でも、本当に……」

「大丈夫だって。前任の家政婦が結婚のために辞職した翌日、ミリーがやってきた。正直、顔向けが出来なかった。それにかなり激しく怒鳴ってしまった」

「え? そうなの?」

「でもその後、発作を起こして……。呼吸困難になってしまったのに……。怒鳴って部屋から追い出したミリーが戻ってきて、ベッドに運んでくれて背中を摩ってくれた。摩ったって良くなると決まっているわけじゃないけど、安心感を覚えた。ミリーの母親のリュゼも優しかった。母上譲りなんだな」

「そうなの。お兄さんの話が、ミリーの話になってしまったわ。ミリーはお兄さんにとって、なくてはならない大切な人なのね」

「ああ、そうだな」


「ところで、その……伯爵って家には、今誰がいるの? お父さん?」


「父上は、一昨年に亡くなった。今は後継者とその母親……。そう、その人こそが今回の張本人だ。兄弟バラバラにされたことも、僕をここに閉じ込めたのも、その人……」

「その人って……?」

「僕たちの継母」

 アルダークは息苦しさを感じていた。

 どうも核心に触れると、発作を起こすらしい。

 しかし、アルダークは深呼吸をして、発作を回避した。

 軽い発作はたいてい、それで治まっている。

「お兄さん、大丈夫? ミリーを呼ぶ?」

「いや、大丈夫だ。軽かったから……」

「本当?」

「ああ」


 そのとき、ミリーがノックをして入ってきた。

「食事、出来ましたので……。運んできますね」

「頼む。アルデーヌ、続きは明日。時間は十分にあるのだから……」

「そうね。沢山話せてよかった」

 アルデーヌはそう言うと、階段を降りていくミリーに、

「わたしも手伝うわ」

 と言って、一緒に階段を降りていった。


 アルダークは、復讐のことは一人、胸の内に納めておくことにした。

(あの快活な妹を、復讐などという闇で汚してはいけない。復讐は僕ひとりだけの問題だ。誰の手も汚させない。人を殺める罪と、その後の受ける罰も、ぼくひとりで充分だ。

 いよいよ復讐に対する決意が固まった。

 しかし、ここから出られない限り、それも叶わず、当分は「籠の鳥」状態だ。


 アルダークはその直後、鬱屈した思いが押し寄せ、回避できない大発作を引き起こし、ミリーとアルデーヌを慌てさせた。

(この優しい二人を、いつか、裏切ることになるんだろうな)


 アルダークは、それだけが辛かった。





     【第十一章】  ミリーとアルデーヌ





 アルダークが、妹、アルデーヌと再会してから、一週間が過ぎようとしていた。


 始めのうちは話すことが多かった二人だったが、次第に落ち着いてきた。

 自然と出てくる暇を持て余していたアルデーヌは、アルダークに言った。


「ねえ、お兄さん、わたし、ミリーの手伝いをしたいの。ダメ?」

「え? アルデーヌは、一応ここの客人だから、気兼ねする必要は……」

「客人じゃなくて家族よ。それに、ミリーは友人であると同時に、お兄さんの大事な人なんだし、手伝うのは当然のことでしょ」

「それなら、僕でなくて、ミリーに聞いてみるといい。確か、今階下で掃除をしているはずだから」

「ミリーがいいって言ったら、手伝っていいのね」

「アルデーヌの好きにしたらいい。アルデーヌが自然体でいられたら、それが僕は嬉しい」

「ありがとう、お兄さん」


 アルデーヌは、階段を下りていった。


「えっ、今、なんて?」

 アルデーヌの申し出に、ミリーは驚いて、聞き返した。

「だから、ミリーの手伝いをさせてほしいの、何をすればいいの?」

「で、でも、わたしは、アルダーク様に会ってほしかっただけで……。わたしの仕事を手伝ってもらおうとは、全然思ってなくて……」

「ミリーがそんなことを思っていないのは私にもわかる。でも、手伝いたいの。だってミリーはわたしの友達だから。それに、お兄さんの大事な人だし。……でも、正直に言うと、お兄さんとの話も一段落したしヒマになっちゃって。もともと家では、店も含めてだけど、掃除したり洗い物したり、洗濯をしたり……」


 アルデーヌの『お兄さんの大事な人』発言に、ミリーは思わず赤面した。

 胸がドキドキして苦しいほどだった。

 そして、その後、アルデーヌの気持ちを受け入れた。


 翌日、ミリーとアルデーヌ二人で窓ふきをしていた。

「高いところは明日にして、手の届くところをしましょうか」

 ミリーが持ち掛け、アルデーヌが応えた。

 二人は窓ガラスを拭き始めた。


「ねえ、ミリー。聞いていい?」

「なに?」

「お兄さんが言ってたけど、今の状況になったのは、わたし達の継母のせいだって?」

「うん、ロザーヌ様。故ウィシュナー伯爵様の未亡人。ヒスカール子爵の令嬢で、先妻が無くなった翌年に結婚したって……」

「わたし、お父さんもお母さんも亡くなって、弟もいたみたいなんだけど生死不明って聞いて……。悲しかったけど、真実がわかって良かった」

「アルデーヌ」

「失った日々は戻ってこないってこと。幸い生かされているわたし達は、常に前を向いて光のある方向へ、神様が導いてくださる方向へ、歩いていくべきだと思うの」

「そうね。でも、アルデーヌって、しっかりしてるからすごいって思う」

「えっ、そんなことは……」

「あのパン屋のおばさんに育てられただけのことはあるな……って。厳しさを優しさを持っている人らしいし、なにがあっても前向きに生きていけって言いそうだもの」

「そうね。おばさんが助けてくれなかったらどうなっていたか……。もっとゆっくり別れの挨拶をしておけば良かった」

「アルデーヌ……」

「あっ、わたしのことはいいの。お兄さんのことに戻るね。お兄さん……その継母のことが憎くてたまらないって言ってたから、心配で……」

「アルダーク様が……。アルダーク様は二人が連れ去られたときに、ロザーヌ様の本性を見てしまったらしいの。当時、七歳だったから『何もしてやれなかった』って悔やんでいたわ」

「でもお兄さんは、そのロザーヌ様って人を『その人』って憎々し気に言ってて……。継母って呼ぶことすらおぞましいって感じだったから」

(そういえば……)

 再会し、怒鳴られたときに「全部、全部、あの女が……」と口走っていたし、弟の消息を話していたときも「あの女……ロザーヌ……」と言っていた。


「ミリー、どうしたの?」

「あっ、ごめん、黙ってて。わたしもアルダーク様が『あの女』って言ってたのを思い出したの。ロザーヌ様のことを……」

「ミリー、杞憂ならいいけど、わたし不安で仕方ないの」

「え? なにが?」

「お兄さん、もしかして復讐を考えているのでは……と思って」

「復……讐……って。ロザーヌ様を殺めるってことなの? そんな恐ろしいことを考えているかもしれないの? もしかして『心を闇に閉ざしている』って。復讐するつもりなの?」

 ミリーは、頭がパニックしそうになっていて、必死に整理しようとしていた。

「ミリー、杞憂かもしれないから。でもその考えが否定できない。やっとお兄さんに会えたのに……」

「とにかく、こんなこと、本人に聞くわけにはいかない。とりあえずは、お互いの胸に秘めていましょう。今はまだ何もできないのだから……」

「うん。とにかく、お兄さんにそんなことはさせない。もし、そんなときが来たら、断固阻止しましょう」

「うん。決まりね」

「あっ、水を汲みかえてくるね」

 アルデーヌは、バケツを持って部屋を出た。


 ミリーは一人で考えていた。

(アルダーク様……。七年の間、果てしない静寂の中で、殺意が芽生えても不思議はない。

 だってわたしだったら、こんな生活を続けたら発狂してしまうかもしれない。それをアルダーク様は耐えていた。この苦しい環境の中で、ただロザーヌ様への復讐だけに囚われて……。心を闇に染め、憎しみ恨みだけで、狂うこともなく生きていた。呼吸困難は頻繁に起こっていたようだけど……)

 ミリーは、自分が思っている以上にアルダークが置かれている生活環境の辛さを、改めて思い知らされた。

(本来なら、伯爵家のご長男として、不自由なく多くの使用人たちに囲まれて……。

 そう、わたしなんかが親しくしていい方ではない。一昨年に亡くなられたウィシュナー伯爵様の後を継いで、若き当主として、伯爵様として暮らしていたはずなのに)

 ミリーは泣いてしまった。やはり涙は止まらない。


「ミリー、お待たせ……って、どうしたの?」

 水替えに行っていたアルデーヌが、帰ってくるなりこう言った。

「なんで七年も空白の時間があったんだろうって思って……。母が病気にならなかったら……わたしがもっと年長だったら……アルダーク様を一人にしなかつたのに。それが悔しくてならない。いつ果てるとも分からない苦しみを、恨み心で生きてきたなんて……」


「ミリー、自分を責めないで。わたしはミリーが居てくれて良かったと思う。たとえ七年の空白があっても、ミリーがお兄さんの心に光を灯してくれた。今まで闇の中にいたお兄さんの心の中に……ミリーが、お兄さんの支えになってくれてうれしい」

「アルデーヌ」

「きっとお兄さんも思っているはずよ。『ミリーがいてくれて良かった』って。さ、早く窓ふき、終わらせちゃいましょ」

「うん、昼食までやることは山ほどあるし……」

「がんばろうね」

「アルデーヌ。手伝ってくれて助かるわ。ありがとう」

「何言ってるの? これくらいなんともないって」

 二人は、再び窓を拭き始めた。





 アルダークは、二人が仕事をしているので書斎に籠っていた。


 一番奥の書架に、実はあまり近づかない。

 それは、ロザーヌの兄(現ヒスカール子爵である)の日記と、数冊の書物しかなかったからである。

 それが、どういうわけか、その書架に行ってみる気になっていた。

 アルダークが座り込んで、下の本を取ろうとしたときだった。

「?」

 違和感があった。

 注意深くみると、目立たないが、壁際に作り付けの戸棚があった。

(最近は、色々な仕掛けや物が見つかるな)

 そう思って扉を開けるとね比較的新しい何かのケースが入っていた。

 高さはさほどないが、横は数十㎝の長さがある。

 アルダークは好奇心に負けて、そのケースを開けた。

(これは……。これが本物だったら、動けばロザーヌ殺れる。チャンスが巡ってきたんだ。これについて載っている本が、この一番奥の書架だ。別荘に日記を置いているなんて変だとは思っていたが、これについての説明書の役割もしていたんだ)

 アルダークの瞳が妖しい光を放つ。

 不敵に笑うその顔は不気味で、地獄の悪魔が宿ったような形相を見せていた。

 ミリーとアルデーヌは、そのことを知る由もない。

 しかし、二人の心配は、今現実のものとなってしまったのである。


 幽閉されて十年……。

 今、事態は急速に変わりつつあった。それは三か月後、思わぬ事件から始まるのである。





  以上 公開はここまでとなります。





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